古代-10世紀

ウズベキスタンの国土の中央部は、古代よりオアシス都市が栄え、東西交易路シルクロードの中継地ともなってきたトランスオクシアナ地域の大部分を占める。

この地域は古代にイラン系のソグド人が活躍したが、8世紀にアラブ人によって征服され、宗教的にはイスラム化した。

10世紀にはテュルク民族(カラカルパク人など)が進出し、言語的にテュルク語化が進む。

モンゴル帝国・ティムール朝

13世紀にはモンゴル帝国に征服され、このとき多くの都市が甚大な被害を受けるがすぐに復興を果たし、14世紀にはこの地から興ったティムール朝が中央アジアから西アジアに至る広大な地域を征服して大国家に発展した。

トクタミシュと戦うティムール

トクタミシュと戦うティムール

ウズベク3ハン国

ティムール朝の衰亡後、北からウズベク人が侵入し、ウズベク3ハン国と呼ばれるブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国、コーカンド・ハン国を立てる。

ロシア帝国・ソビエト連邦

これらは19世紀に北からのロシア帝国に征服され、ロシア革命後はソビエト連邦下の共和国となり、その後ソビエト共産党政府の統治下に入り、ウズベク・ソビエト社会主義共和国となった。

1966年4月、タシュケントを震源として市内では震度8をも記録する大地震が起こり、市内の建物のおよそ2/3が倒壊するという惨事となった。

独立
イスラム・カリモフ大統領

イスラム・カリモフ大統領

その後1991年のソ連崩壊によってウズベク・ソビエト社会主義共和国はウズベキスタン共和国として独立し、同時に独立国家共同体 (CIS) に加盟した。

独立後はイスラム・カリモフ大統領が権力を集約し、ほぼ独裁政権となって統治してきた。

2005年5月13日に東部アンディジャンで発生した反政府暴動鎮圧事件で市民に多数の死者が出たとの情報があり、ヨーロッパ諸国・国際連合などから「人権侵害」との非難が挙がっている。

また、これまで反テロの同盟国として協力関係にあったアメリカも態度を変化させ民主化要求を行い始めている。

一方、カリモフ大統領はイスラム過激派による武力蜂起だとして欧米側による報道を批判し、国際調査団を受け入れる考えのないことを表明している。

また、2001年のアフガン侵攻以来、アメリカ軍の駐留を受け入れてきたが、2005年にこれを解消し、アメリカ軍は撤収することとなった。

なお現在も、「反テロ作戦の一環」としてドイツ軍がテルメズ飛行場に駐留を続けている。

現在は上海協力機構と関係を深めている。

2016年9月2日にカリモフ大統領が死去したことで、25年に渡る長期政権は終焉を迎えた。

その後、カリモフ氏の後継者であるシャヴカト・ミルズィヤエフ氏が大統領代行を務め、12月に行われた大統領選挙でも勝利したことで第二代大統領に就任した。

【出典】

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