レギスタン広場 Registon

砂場という意のレギスタン広場。

その美しさから、ウズベキスタンの代名詞と言っても過言ではない場所。

モンゴル軍に破壊された後、サマルカンドはこのレギスタン広場を中心に数多くの建物が建設され、新たな栄華の時代を迎える。

ティムールの孫、ウルグベクの時代以降、ここには3つのメドレッセ(神学校)が建てられた。

一つは「ウルグベクのメドレッセ」で、天文学者でもあった彼のデザインで、正面には星の文様が描かれている。

「シェルドル・メドレッセ」は、黄鹿を追うライオンの動物争闘図が描かれている。

最後に造られた「ティラカリ・メドレッセ」は、金で覆われた内部が美しいメドレッセ。

住所: Registon ko’chasi, Samarqand, [地図]
営業時間:08:00~19:00、08:00~20:15(木)
電話番号+998 66 235 3826
ウェブサイト

レギスタン広場

レギスタン広場

グル・エミル廟 Go’r Amir Maqbarasi

現在のカザフスタンのオトラルで没したティムールは、このグル・エミル廟に眠っている。

ティムール本人の他、ウルグベクを始め彼の息子達や、ティムールを支えた将軍も共に眠っている。

ソビエト時代の調査により、埋葬された遺体からティムールは言い伝えの通り片足が不自由だったこと、ウルグベクは首をはねられたことが分かりました。

ティムールが残した「私の墓を暴くと重大なことが起こる」という遺言の通り、調査の数日後にドイツ軍がソ連に侵攻して第二次大戦が勃発しました。

中央アジアの覇者の眠る場所にふさわしく、サマルカンド・ブルーのドームに64本もの溝が刻まれた壮麗な建物です。

住所: 1/4, Universitetskiy Boulevard Бўстонсарой кўчаси, Samarqand, [地図]
営業時間:09:00~19:00

グル・エミル廟

グル・エミル廟

シャーヒジンダ廟 Shohizinda

「永遠に生きる王」という意味の聖地。

もともと異教徒に殺されたイスラムの聖人で、預言者マホメットの従兄・クサム・イブン・アッバースの廟がある所で、はねられた自分の首を自ら持って井戸の中に消えたと言われている。

後年、周辺にティムールの親族の廟が建てられ、美しいタイルで装飾された数々の建物が立ち並ぶ。

現在でもクサム・イブン・アッバース廟に詣でる巡礼者の絶えないところ。

住所: M-37, Samarkand, [地図]
営業時間:09:00~19:00
電話番号+998 71 233 5382

シャーヒジンダ廟

シャーヒジンダ廟

アフラシアブの丘 Davlat Arxeologia Qo’riqxonasi Afrosieb

サマルカンドは紀元前7世紀から町が造られ、マラカンダと呼ばれた紀元前に4世紀には、アレキサンダー大王の軍に征服される。

7~8世紀には、中央アジア一帯から中国まで足を伸ばしたソグド人の町となり中国の文献では「康国」という名で登場する。

しかし1220年、サマルカンドはモンゴル軍の前に塵と化します。

このアフラシアブの丘の下には、モンゴル破壊以前の古代サマルカンドの町が眠っており、隣接する博物館には、アフラシアブの丘のあった裕福なソグド人の家から出た鮮明な壁画が展示されている。

住所: Samarkand, [地図]
営業時間:09:00~19:00
電話番号+998 97 927 3198

アフラシアブの丘

アフラシアブの丘

ビビハニム・モスク Bibi-Xonum

ビビハニム・モスク はウズベキスタンのサマルカンドにあるモスクである。

モスクの名前は14世紀にサマルカンドを支配したティムールの妻の名前より採られている。

ビビハニム・モスクは、かつてイスラム世界で最大を誇ったモスクです。

寸法は167m×109mと非常に巨大。

ビビハニムとは「第一婦人」の意味ですが、もとはサマルカンド金曜モスクと呼ばれていた。

ビビハニムと名付けたのはサマルカンド市民だということです。

住所: Bibikhonim Str., Samarqand, [地図]
営業時間:08:00~20:00 (冬期 09:00~19:00)
電話番号+998 97 793 4675

ビビハニム・モスク

ビビハニム・モスク