2024年3月19日掲載

ハフパット修道院

ハフパット修道院

1.ハフパット修道院とサナイン修道院  Հաֆպատի վանքը և Սանային վանքը

ハフパット修道院またはハフパト修道院(アルメニア語: Հաղպատի վանական համալիրՀաղպատավանք)とは、アルメニア・ロリ地方の村、ハフパットにある修道院である。

1996年に、UNESCOの世界遺産に登録された。

アルメニアは、世界最古のキリスト教を国教とした国家として知られる。

5世紀から7世紀にかけて、アルメニア使徒教会は教義の解釈や建築面において独自の発展を遂げたが、アラブ人による征服により、その発展は中断を余儀なくされた。

アルメニアの再独立は、9世紀を待たねばならない。

ハフパット修道院が建設されたのは、再独立が達成された以降である970年代である。

991年には完成したが、度重なる地震が修道院を破壊したのも事実であり、1105年には、セルジューク朝の攻撃を受けた。

サナイン修道院またはサナヒン修道院(アルメニア語: Սանահինի վանական համալիրՍանահինի վանք)とは、10世紀から建築が始まったアルメニア使徒教会の修道院である。

2000年に、拡張登録という形で同時代に建設されたハフパット修道院とあわせて、UNESCOの世界遺産に登録された。

サナイン修道院は、アルメニア・ロリ地方のサナインに建立された。

ハフパット修道院とほぼ同時期に建設が開始されたのも、アルメニアがアラブ人から解放され、独自の宗教文化を再興するのが目的であった。

ハフパット修道院とともに、アルメニア使徒教会の中心の役割を果たし、最盛期には500人の学僧がここで学んだとされる。

とはいえ、12世紀のセルジューク朝、13世紀のモンゴル帝国の攻撃から耐えることは出来ず、彼らの支配下に入ったが、それでもなお、アルメニア使徒教会の中心の役割を果たし続けてきた。

住所:3PV6+GQX, Haghpat, アルメニア [地図]



登録年: 1996年

登録区分: 文化遺産

行き方:ハフパット修道院は、首都エレバンから約6kmのところにあるAlaverdiという町にあります。

サナイン修道院はさらにそこから約2km南東先です。

交通手段があまり発達していないので、ツアーの参加をおすすめします。

外務省海外安全ホームページでは十分注意地域です。(2024年2月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:破壊され続けたアルメニアの世界遺産!ハフパット修道院とサナイン修道院

ハフパット修道院に行って下さい。 Գնացեք Հաֆպատի վանք։

ハフパット修道院はどこですか? Որտեղ է Հաֆպատի վանքը:

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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2.エチミアジンの大聖堂と教会群ならびにズヴァルトノツの考古遺跡  Էջմիածնի տաճարն ու եկեղեցիները և Զվարթնոց հնավայրը

エチミアジンの大聖堂と教会群ならびにズヴァルトノツの考古遺跡(エチミアジンのだいせいどうときょうかいぐんならびにズヴァルトノツのこうこいせき)は、アルメニア共和国にあるユネスコの世界遺産登録物件名。

登録は2000年。古いキリスト教の教会堂を対象とする。

アルメニアは世界でも最も古い文化を持つ国のひとつで、301年には、歴史上初めてキリスト教を国教と定めている。

東ローマ帝国とサーサーン朝に挟まれたアルメニア王国は、5世紀になると両国に分割されて滅ぶが、6世紀末には東ローマ帝国のあらゆる場所にアルメニア人のコミュニティが形成され、特に軍の要職はアルメニア人が占めるほどになった。

アルメニア人は東ローマ帝国内に社会的優位性を築き、ビザンティン建築においても、その発展に寄与することになる。

アルメニア最古の教会建築物は5世紀から6世紀に遡り、その形式はシリアの影響を強く受けたものであった。

5世紀のアルメニアの歴史家アガタンゲロスによると、聖堂の建設は、アルメニア使徒教会の最初の大主教・啓蒙者グレゴリオスが、キリストが天から下りて、金色の槌で大地に触れるビジョンを見たことに始まる。

彼はその場所、ヴァガルシャパトにエチミアジン大聖堂を建設した。

現在の教会群は、610年から670年頃にアルメニア建築が高度に洗練された頃に建設されたものを中核とする。

コミタスによってフリプシメ(618年創建)、ガヤネ(630年)、カトリコス・ネルセル3世によって創建されたズヴァルトノツ(643-661年)、カルムラヴォル、オヅン、ヴォスケバル。中でもフリプシメ教会は古典的完成品の域に達した構造をもつ。

この時期、アルメニア高原は、暗黒時代に突入した東ローマ帝国本土に代わり、ビザンティン建築を牽引するはたらきを担った。

ただし、厳密に言うと、アルメニア建築はビザンティン建築に包含されるものではなく、常にアルメニアの独自性を保ち続けたと言って良い。

大聖堂以外に、スルブ・ガヤネ教会、スルブ・フリプシメ教会、スルブ・アストゥアツァンティン(生神女)教会などが登録されている。

住所:576R+PGF, Vagharshapat, アルメニア [地図]



登録年: 2000年

登録区分: 文化遺産
営業時間:臨時休業
電話番号:+374 10 517100

行き方:世界遺産のあるエチミアジンへは、首都エレバンから西に約20kmでタクシーまたはバスで40分程度です。

あまりアクセスが良くないため、レンタカーやツアーの利用をおすすめします。

外務省海外安全ホームページでは十分注意地域です。(2024年2月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:世界遺産!エチミアジンの大聖堂と教会群ならびにズヴァルトノツの考古遺跡

エチミアジンの大聖堂に行って下さい。 Գնացեք Էջմիածնի մայր տաճար։

エチミアジンの大聖堂はどこですか? Որտե՞ղ է գտնվում Էջմիածնի տաճարը.

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

3.ギガルド修道院とアザト川上流域  Գիգարդ վանքը և Ազատ գետի վերին ավազանը

ゲガルド修道院とアザト川上流域(ゲガルドしゅうどういんとアザトがわじょうりゅういき)は、アルメニア共和国にあるユネスコの世界遺産登録物件名。

登録は2000年。

キリスト教・非カルケドン派のアルメニア使徒教会の修道院建築とその周辺地域を対象とする。

ゲガルド修道院(アルメニア語: Գեղարդի վանքゲハルト修道院ゲガルト修道院ギガルド修道院などとも)は、301年に歴史上初めてキリスト教を国教と定めたアルメニアでも古い歴史を持つ修道院で、初期キリスト教時代にはすでに開設されていたと伝えられている。

アイリヴァンク、すなわち洞窟修道院とも呼ばれ、院域のいくつかは岩盤を穿って造られた洞窟となっている。

修道院の名称である「ゲガルト」は槍を意味する言葉で、キリストの脇腹を突いた聖槍の一部がここで発見されたことにちなむ。

今日残っている中央聖堂は、1215年から1283年にかけて建設されたものであるが、僧院や礼拝堂、食堂などは、中央聖堂北側に接する岩盤を穿って造られ、天井はイスラーム建築のムカルナスの影響によると思われる鍾乳石装飾で覆われている。

僧院内には、十字架を彫った石盤がいたるところに設置されている。

住所:4RR9+74, Mets Gilanlar, アルメニア [地図]



登録年: 2000年

登録区分: 文化遺産
営業時間:09:00~18:30
電話番号:+374 95 371367
ウェブサイト

行き方:アルメニアの首都エレバンから、バスで約30kmほど離れたゴクトという町へ移動し、さらにそこから1時間以上歩く必要があります。

タクシーを利用する場合は、事前に手配をしてください。

アクセスがあまり良くないので、ツアーの参加をおすすめします。

外務省海外安全ホームページでは十分注意地域です。(2024年2月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:岩でできた修道院!アルメニアの世界遺産ゲハルト修道院とアザート川上流域

ゲガルド修道院に行って下さい。 Գնացեք Գեղարդի վանք։

ゲガルド修道院はどこですか? Որտեղ է Գեղարդի վանքը.

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』