2024年2月16日掲載

タリン歴史地区

タリン歴史地区

1.タリン歴史地区  Tallinna ajalooline keskus

タリン歴史地区(タリンれきしちく、Historic Center of Tallinn)は、エストニアの首都タリンの旧市街に残る歴史的遺産。

1997年ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

タリンの起源は、1219年にデンマーク王ヴァルデマー2世がエストニア人の要塞集落を占領し、そこに「トームペアと名付けた城塞を築いたことに始まる。

1285年にタリンはハンザ同盟に加わり、貿易港として発展。

1346年にはデンマーク王ヴァルデマー4世が市をドイツ騎士団に売却したことから、以後20世紀に至るまで、経済的・文化的にバルト・ドイツ人の影響を強く受けることとなる。

その後は1561年にスウェーデン領となり街は衰退、1710年にはロシア帝国領になった。

このような度重なる混乱や火災にもかかわらず、タリンには旧市街を取り囲む城壁と、ドイツ人商館や豪奢な公共建築、教会建築などの13〜18世紀の建造物が非常に良好な状態で残されており、それが世界遺産に登録される要因となった。

住所:Lossi plats 1a, 10137 Tallinn, エストニア [地図]


登録年: 1997年
登録区分: 文化遺産
営業時間:08:30~17:15、08:30~16:00(金曜日)、休日(土曜日、日曜日)
電話番号:+372 631 6331
ウェブサイト

行き方:フィンランドの首都ヘルシンキから船でタリンに入る場合、タリン港から旧市街までは徒歩10分ほど。

旧市街北側の入口である、ずんぐりとした形が特徴的な砲塔の「ふとっちょマルガレータ」に到着します。

タリン空港からは市内へ向かう2番バスに乗りAutobussijaamで下車しましょう。

バス停から最も近い旧市街の入口はヴィル門です。

他国から長距離バスでタリンに着いた場合は前述のAutobussijaamに到着します。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年1月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:バルト三国エストニアの美しき旧市街!世界遺産「タリン歴史地区」をご紹介します

タリン歴史地区に行って下さい。 Mine Tallinna ajaloolisse kesklinna.

タリン歴史地区はどこですか? Kus on Tallinna ajalooline kesklinn?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2.シュトルーヴェの測地弧  Struve geodeetiline kaar

シュトルーヴェの測地弧(シュトルーヴェのそくちこ)は、ドイツ出身のロシアの天文学者、フリードリヒ・フォン・シュトルーヴェが中心となって、1816年から1855年に掛けて子午線弧長の三角測量のために設置された三角点群

これらの観測点群は、地球の大きさなどを正確に測る上で多大な貢献をしたものであり、当時設置された265か所の測量点のうち34か所が、2005年にユネスコの世界遺産に登録された。

これは、10か国に跨る珍しい物件だが、設置された当時はわずか2か国(スウェーデン=ノルウェーとロシア帝国)に跨っているに過ぎなかった。

北極海に面する北端のハンメルフェスト(ノルウェー)から黒海に近い南端のスタラ・ネクラシウカ(ウクライナ)まで2,800kmに達する。

その北端と南端の地には、測量事業の完成を祝して建てられた記念碑があるが、登録地のほとんどは自然の岩や人工的に設置された岩に印を点けたものがあるに過ぎない。

アラトルニオ教会(フィンランド)とタルトゥ旧天文台(エストニア)は現存の建物が測量点として使用された。

なお、Rudiの測量点は目下モルドバで唯一の世界遺産である。

住所:Uppsala 8, 51003, 51003 Tartu, エストニア [地図]


登録年: 2005年
登録区分: 文化遺産
営業時間:11:00~17:00(土曜日)
電話番号:+372 737 6932
ウェブサイト

行き方:エストニアの首都タリンからタルトゥ大学旧天文台までは、鉄道と車両で約2時間30分です。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年1月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:シュトゥルーヴェの三角点アーチ観測地点群

タルトゥ大学旧天文台に行って下さい。 Mine Tartu Ülikooli Vanasse tähetorni.

タルトゥ大学旧天文台はどこですか? Kus on Tartu Ülikooli Vana Observatoorium?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』