2022年8月5日掲載

ドロミーティ

ドロミーティ

46.ドロミーティ  Dolomiti

ドロミーティは、イタリア北東部にある山地で、東アルプス山脈の一部。

ドロミテなどとも表記される。

おおむね北はリエンツァ川、西はイザルコ川とアディジェ川、南はブレンタ川、東はピアーヴェ川に囲まれた一帯で、ボルツァーノ自治県(南チロル)、トレント自治県、ベッルーノ県にまたがる。

上記の範囲以外にも、共通の地質的特徴を持つ山地が「ドロミーティ」と呼ばれている。たとえば、アディジェ川以西のドロミーティ・ディ・ブレンタ や、ピアーヴェ川以東に所在するドロミーティ・フリウラーネなどである。

狭義のドロミーティおよび、ドロミーティ・ディ・ブレンタ、ドロミーティ・フリウラーネに含まれるいくつかの山塊は、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に「ドロミーティ」の名で登録されている。

ドロミーティの名は、18世紀フランスの地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューに由来する。

デオダ・ドゥ・ドロミューは、この山々で非常に豊富な鉱物である苦灰石 (ドロマイト dolomite) を発見した人物である。

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登録年: 2009年

登録区分: 自然遺産

行き方:玄関口のコルティーナ・ダンペッツォへはヴェネツィアから直行バスが運行。

運行はATVO社とCortina Express社。

ミラノからも直行バスがAutostradale社により運行。

セッラ山群、サッソ・ルンゴの雄大な景色が楽しめる。

コルティーナ・ダンペッツォに行って下さい。 Vai a Cortina d’Ampezzo.

コルティーナ・ダンペッツォはどこですか? Dove si trova Cortina d’Ampezzo?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

47.アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群  Palafitte preistoriche intorno alle Alpi

アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群は、紀元前5000年頃から前500年頃までにアルプス山脈周辺で建設された杭上住居の遺跡群を対象とするUNESCOの世界遺産リスト登録物件で、スイス(56件)、イタリア(19件)、ドイツ(18件)、フランス(11件)、オーストリア(5件)、スロベニア(2件)の6か国111件の資産によって構成されている

2011年の第35回世界遺産委員会で登録された時点では、シュトルーヴェの測地弧(10か国)に次いで多くの国にまたがる世界遺産であった。

また、この世界遺産は、スロベニアの世界遺産としては初の文化遺産登録となった

杭上住居は高床式の住居の一種で、アルプス山脈周辺ではボーデン湖、ツーク湖、ガルダ湖などの湖やリュブリャナ湿原などの湿地に杭を立て、その上に住居が築かれた(杭上住居のうち、湖に建てられたものは「湖上住居」ともいう)。

それらは氾濫などを避ける工夫ではあったのだが、長い間水没したまま忘れ去られていた。

その存在が再び知られるようになったのは1853年から1854年にかけての冬季大旱魃がきっかけで、長い間水没していたことが、さまざまな遺構や遺物を良好な状況で保存しておくことにつながった

後期には漁撈も行なったが、むしろ湖上に立てた当初の理由は、外敵に対する警戒や、農業に適した土地を住宅地に割かなくてすむようにするなどの理由であったと考えられている

杭上住居は湖などに立てた何本もの丸太の上に横木を渡し、その上に板などを敷き、さらにその上を土などで固めた上で住居を建てた

屋内は寝室と居間を兼ねた部屋と台所に分かれ、それぞれ炉や暖炉を備えていた

出土した有機物から、彼らが小麦や大麦の栽培や、牛や豚の牧畜を行なっていたこともわかっているが、それらの技術や土器の特色は、ドナウ文化との類似性が指摘されており、頭蓋に穿孔して護符とするような一部の文化には南フランスの先史時代の文化の影響があるという

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登録年: 2011年

登録区分: 文化遺産

行き方:観光都市からアクセスしやすい居住跡として「レドロ湖杭上家屋群博物館」がある。

レドロ湖周辺一帯をヴァッレ・ディ・レドロと呼んでおり、最寄りのアクセス地点モリーナ・ディ・レドロへは、ガルダ湖のリーヴァ・デル・ガルダから、バスで30分。

運行バスは、Trentino Trasporti社。

参考URL:イタリア政府観光局サイト

モリーナ・ディ・レドロに行って下さい。 Vai a Molina di Ledro.

モリーナ・ディ・レドロはどこですか? Dov’è Molina di Ledro?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

48.イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡 (568-774年)  Longobardi in Italia: Orme del potere (568-774)

イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡 (568-774年)」は、イタリア各地に残るロンゴバルド王国時代の建造物や遺跡などを対象とするユネスコの世界遺産。

ロンゴバルド族が残した建造物群は、ローマ建築、ビザンティン建築、北ヨーロッパのゲルマン人の様式の特色やキリスト教の精神性が融合されており、古代から中世へと変遷する建築様式をよく伝えるものである

ゲルマン系のロンゴバルド族は首長アルボイーノに率いられて、568年にイタリアに侵入し、北イタリアにロンゴバルド王国を建国した。

さらに、ラヴェンナからローマに至るビザンツ帝国領に分断されつつも、イタリア中部にスポレート公国、南部にベネヴェント公国を建国した。

これらの公国の独立性は高かったが、形式的にはロンゴバルド王に服属していた

ロンゴバルド族はキリスト教に改宗し、ローマなどとも平和共存路線をとることもあったが、相互に領土を巡る侵略が絶えず、ロンゴバルド王国は774年にカール大帝によって滅ぼされた

世界遺産登録名に含まれる568年から774年という期間は、ロンゴバルド王国建国から滅亡までの期間を示している。

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登録年: 2011年

登録区分: 文化遺産

行き方:モンテ・サンタンジェロをツアーではなく、個人で訪れるには、県庁所在地のフォッジャが起点になる。

駅前から一日に数本直行バスがある。

もしくは、山のふもとのマンフレドニアという港町まで電車かバスで行き、ここから山上の町の目抜き通り(観光スポットへは西に5分ほど進む)までバスで往復する。

参考URL:ガルガーノ Gargano の聖なる白い町、モンテ・サンタンジェロ Monte Sant’Angelo へ 

モンテ・サンタンジェロに行って下さい。 Vai a Monte Sant’Angelo.

モンテ・サンタンジェロはどこですか? Dov’è Monte Sant’Angelo?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

49.エトナ火山  Vulcano Etna

エトナ火山は、イタリア南部シチリア島の東部にある活火山。

旧名をモンジベッロ という。

ヨーロッパ最大の活火山であり、独立した2つのチームがGPSを用いて2018年7月に行なった測定では標高は3,326mであるが、活発な火山であるため標高の変化が早い。

アルプスを除いたイタリアでは最も高い山である。

山麓部の直径は140kmに及び、その面積は約1,190km2である。

イタリアにある3つの活火山の内では飛び抜けて高く、2番目に高いヴェスヴィオ山の3倍近くもある。

エトナ火山は、世界でも活動的な火山の一つであり、頻繁に噴火を起こしている。

時には大きな噴火を起こすこともあるが、特別に危険な火山とは見なされておらず、数千人が斜面とふもとに住む。

火山麓扇状地に発達する水はけの良い土壌を利用して葡萄園や果樹園が広がる。

神話において、テュポンが封印された場所だとされる。

ノアの大洪水を引き起こしたという説がある。

住所:イタリア 〒95031 カターニア県 アドラノ [地図]

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登録年: 2013年

登録区分: 自然遺産

行き方:エトナ山への玄関口となる最寄りの都市は、シチリア州カターニア市。

イタリア国内、ヨーロッパ各国から発着する国際空港がある。

火山とその斜面は1987年からエトナ公園となっており、溶岩の荒野など険しい表情をみせているが、カターニアなどからでている、旅行各社のエトナツアーや、バス、ロープウェーを乗り継いで、立ち入りが許可されている標高2920mの噴火口区域まで行くことができる。

その先は地元ガイド同行のみ。

私鉄チルクメトネア鉄道はエトナ山麓114kmを一周する路線で、山の眺めを楽しめる。

参考URL:イタリア政府観光局サイト

エトナ山に行って下さい。 Per favore, vai sull’Etna.

エトナ山はどこですか? Dov’è l’Etna?

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

50.トスカーナ地方のメディチ家の邸宅群と庭園群  Ville e giardini medicei in Toscana

トスカーナ地方のメディチ家の邸宅群と庭園群」は、イタリア・トスカーナ州フィレンツェ郊外に点在するメディチ家の12の邸宅と2つの庭園の計14件の資産で構成されている。

メディチ家は、トスカーナ大公国の君主としてフィレンツェを支配し、政治・経済を牽引した。

また、豊富な財力で、ルネッサンス文化・芸術を支援し、その庇護のもと、多くのルネサンス芸術家が才能を開花させた。

フィレンツェの一族であったメディチ家だが、芸術振興の支援を通して、フィレンツェのみならずイタリアひいてはヨーロッパ全体にも大きな影響を与えた。

登録された14件の資産は、周囲の自然と調和したイタリア・ルネサンス芸術の原型を残す最たるものです。

自然環境と建築、庭園を調和させた最初の例であり、トスカーナ地方だけでなく、イタリアそしてヨーロッパ全土に広まった邸宅・庭園のモデルとして評価され、世界文化遺産に登録された。

住所:Piazza de’ Pitti, 1, 50125 Firenze FI, イタリア [地図]

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登録年: 2013年

登録区分: 文化遺産
営業時間:08:15〜18:30
電話番号:+39 055 23885
ウェブサイト

行き方:ピッティ宮殿の南側に面する広さ4万5千㎡を誇る「ボーボリ庭園」は、フィレンツェ市内で最も広大な緑地エリア。

参考URL:ピッティ宮殿とボーボリ庭園 – 見どころ、行き方、回り方、チケット予約

ボーボリ庭園に行って下さい。 Vai al Giardino di Boboli.

ボーボリ庭園はどこですか? Dov’è il Giardino di Boboli?

出典元: 世界遺産オンラインガイド