2024年7月16日掲載

ラリベラの岩窟教会群
1.ラリベラの岩窟教会群 የላሊበላ ውቅር ቤተክርስቲያኖች
ラリベラの岩窟教会群(ラリベラのがんくつきょうかいぐん)は、エチオピアの世界遺産の一つ。
凝灰岩を刳り貫いて作り上げたエチオピア正教会の教会堂群で、世界の石造建築史から見ても非常に重要な建造物である。
正確な建造年代は不明だが、ザグウェ朝のラリベラ王が君臨していた12世紀から13世紀にかけての時期に建造されたと推測されている。
岩窟聖堂群には、建造時期を巡って論争になっているものもある。
ケンブリッジ大学教授のアフリカ考古学者デヴィット・フィリップソンは、メルクリオス聖堂、ガブリエル=ラファエル聖堂、ダナゲル聖堂は、標準的な建造年代より500年ほど遡るアクスム王国の衰退期に、要塞や宮殿として切り出されたのが最初であり、ラリベラの名はラリベラ王の死後に結びつけられたにすぎないと提唱している。
また、地方史家ゲタチェウ・メコネンの説では、アッバ・リバノスは、ラリベラ王妃マスカル・キブラが夫ラリベラの死後、彼を記念するものとして建造されたものであるという。
なお、作家グラハム・ハンコックらは聖堂騎士団の助けで建造されたと主張するが、豊富な史資料は、岩窟聖堂群が中世エチオピア文明のみに拠っていることを明らかにしている。
岩窟教会群は、エチオピア正教会のキリスト教徒数百万人が訪れる聖地となっている。
2020年11月、エチオピア政府軍とティグレ人民解放戦線(TPLF)が交戦開始。
主戦場はラリベラから遠いティグレ州一帯であったが次第に戦線が南下。
2021年8月、ラリベラはTPLFの支配下に入った。
ラリベラが占領される際には戦闘が行われず、遺跡も無事であったが、州内では9月以降も爆撃を含む大規模な戦闘が行われており、予断を許さない状況が続いている。
住所:B22MV+79C, Unnamed Road, Lalibela, エチオピア [地図]
360°写真(ラリベラの岩窟教会群)
登録年: 1978年
登録区分: 文化遺産
営業時間:24時間営業
電話番号:+251 91 203 5588
行き方:エチオピアの首都アディスアベバからラリベラ空港まで飛行機で行くのが一般的です。
2017年1月現在アディスアベバからラリベラ空港間は午前中に4便あり、直行便2便、乗り換え便が2便あります。(午後便はありませんのでご注意下さい)直行便ですと1時間、乗継便だと2時間半ほどかかります。
バスは時間がとてもにかかる上、安全や衛生上問題がある場合がありますので飛行機をお薦めします。
ラリベラ空港から教会群までは車で30分ほどです。
外務省海外安全ホームページでは渡航中止勧告地域です。(2024年6月現在)
現地に行く時は、最新情報を確認してください。
参考URL:エチオピア世界遺産・ラリベラの岩窟教会群!王が夢見た第二のエルサレム
ラリベラの岩窟教会群に行って下さい。የላሊበላን ውቅር አብያተ ክርስቲያናት ጎብኝ።
ラリベラの岩窟教会群はどこですか?የላሊበላ ውቅር አብያተ ክርስቲያናት የት አሉ?
出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2. シミエン国立公園 ሲሚን ብሔራዊ ፓርክ
シミエン国立公園は、エチオピア北部、アムハラ州ゴンダール地区にある1969年設立の国立公園。
タナ湖の北東約110kmの一帯に広がるシミエン山地を対象とする220km2に及ぶ国立公園であり、ユネスコの世界遺産に登録されている。
シミエン山地にはエチオピア最高峰(アフリカ大陸第4位)のラス・ダシェン山(標高4620m)をはじめとする高山が続き、「アフリカの天井」とも呼ばれている。
この厳しい自然環境のなかで、独特の動植物たちが生息している。
国立公園指定のきっかけのひとつは、ワリアアイベックスを保護することにあった。
ワリアアイベックスは、ヨーロッパ大陸のアイベックス(ヤギ亜科)と同系統で、かつてヨーロッパとアフリカが地続きだったときに渡ってきたと考えられている。
このほかの哺乳類や鳥類としては、ゲラダヒヒ、アビシニアジャッカル、アヌビスヒヒ、マントヒヒ、クリップスプリンガー、キンイロジャッカル、ブチハイエナ、サバンナダイカー、ヒゲワシ、チョウゲンボウ(猛禽類)などが生息している。
植物では、ジャイアントロベリアやヒペリカム(オトギリソウ属)などが見られる。
この山地には、4000m地帯にすら暮らしている人々がいる。
彼らは2000年前からこの地で細々と農耕を行ってきたとされるが、その農地拡大が環境の悪化に拍車をかける面が指摘された。
また、1993年まで続いたエリトリア独立をめぐる内戦も環境を大きく損ねる原因となった。
これらのことから、1996年に危機遺産に登録された。
住民の多くは強制移住の対象となったが、対象とならなかった人々は今も山地で暮らしている。
2017年に危機遺産リストから除去された。
住所:North Gondar Debark, 1248 エチオピア [地図]
360°写真(シミエン国立公園)
登録年: 1978年
登録区分: 自然遺産
営業時間:07:30~17:30、08:30~11:30(土曜日、日曜日)
電話番号:+251 91 303 4822
ウェブサイト:
行き方:日本からエチオピアの首都アディスアベバへ直行便はありません。
ソウルや北京、イスタンブール、ドバイなどを経由して、アディスアベバへ向かいます。
アディスアベバのボレ国際空港からゴンタール空港まで国内線で約1時間。
ゴンタール空港からシミエン国立公園は、車で約3時間。
シミエン国立公園のトレッキングやキャンプには、ガイド付きのツアーを利用しましょう。
※2018年4月現在、シミエン国立公園やゴンタール空港を含むエリアは外務省の海外安全情報でレベル2に分類されています。
治安が落ち着いてから、旅行の計画を立てるようにしてください。
外務省海外安全ホームページでは渡航中止勧告地域です。(2024年6月現在)
現地に行く時は、最新情報を確認してください。
参考URL:ワリアアイベックスの棲む山岳地帯、エチオピアの世界遺産シミエン国立公園
シミエン国立公園に行って下さい。ወደ ሲሚን ብሔራዊ ፓርክ ይሂዱ።
シミエン国立公園はどこですか?የሲሚን ብሔራዊ ፓርክ የት ነው?
出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
3. ゴンダール地域のファジル・ゲビ በጎንደር ክልል ፈጅር ገቢቢ
ファジル・ゲビは、エチオピアの都市ゴンダールにある王宮群が立ち並ぶ小高い丘。
17世紀から18世紀にかけて、ここを首都としていたゴンダール期(ソロモン朝に含まれる)の歴代皇帝たちが居城や聖堂を建造した。
1979年にユネスコの世界遺産に登録された。
建造物群
- ファシリデス帝(Fasilides, 在位1632年 – 1667年)
- ファシリデス帝の宮殿 – 城、聖堂、修道院などを含む。
- ヨハンネス1世帝(Yohannes I, 在位1667年 – 1682年)
- ヨハンネス1世の図書館
- 国璽文書館
- イヤス1世帝(Iyasu I, 在位1682年 – 1701年)
- イヤス帝の宮殿
- ダウィト3世帝(Dawit, 在位1716年 – 1721年)
- 歌の館
- 宴の館
- バカッファ帝(Bakaffa, 在位1721年 – 1730年)
- 謁見の間
- 皇妃メントゥワブの宮殿
ファジル・ゲビに並ぶ石造建造物群は、ゴンダール様式と呼ばれる独特の建築様式を持つ。
その建築様式は、イスラーム建築、インド建築、バロック建築などの影響を受けている。
住所:JF59+6V2, Gondar, エチオピア [地図]
360°写真(ファジル・ゲビ)
登録年: 1979年
登録区分: 文化遺産
営業時間:08:30~17:00
電話番号:+251 91 102 1308
行き方:日本からエチオピアへの直行便はないため、イスタンブールを経由して行くのが一般的です。
ゴンダールにはゴンダール空港があり、アジスアベバとの間に定期便が就航しています。
空港からゴンダール市街へは、タクシーを利用します。
世界遺産ファジル・ゲビはゴンダール市街のど真ん中にあるので、観光はとっても便利。
ファジル・ゲビ周辺には宿泊施設や飲食店も整っているので、滞在も容易です。
外務省海外安全ホームページでは渡航中止勧告地域です。(2024年6月現在)
現地に行く時は、最新情報を確認してください。
参考URL:ヨーロッパの影響を受けたエチオピア帝国の都!世界遺産ファジル・ゲビ
ファジル・ゲビに行って下さい。ወደ ፈጅር ገቢቢ ይሂዱ።
ファジル・ゲビはどこですか?ፋዚል ገቢቢ የት ነው?
出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
4. アクスム አክሱም
アクスム(アムハラ語:አክሱም)は、エチオピア北部の街。
アドワ山地の麓に近いティグレ州メハケレグナウ圏にある。
かつてのアクスム王国の中心地である。
この王国はイエス誕生の頃に勃興(ぼっこう)し、在りし日のペルシャ帝国に対抗する東ローマ帝国の半同盟国として、海上貿易で栄えたキリスト教国であった。
しかし7世紀に没落し、原因は不明だが、もっぱら岸伝いの近海を進んだ貿易船の航行がイスラームの台頭により妨げられたため、アレクサンドリアやコンスタンティノポリスなど主要市場との関係が絶たれて衰退につながったと推測されている。
王国の競争力が衰えるとアスクムの地位も落ち、エチオピア帝国の中心地は内陸部にシフトした。
2015年の人口は6万6800人。
75%がエチオピア正教徒で、残りはスンニ派のムスリムや非正教系のキリスト教徒である。
1980年にユネスコの世界遺産に登録された。
住所:4PJ9+RPQ, Aksum, エチオピア [地図]
360°写真(オベリスク)
登録年: 1980年
登録区分: 文化遺産
電話番号:+1 703 407 2466
行き方:アディスアベバのボレ国際空港から、アクスム空港まで飛行機でおよそ1時間30分です。
そこからタクシーで15分あれば世界遺産アクスムの町まで行くことができます。
他にホテルの送迎バスも来ているので、宿泊者でなくても有料で乗せてくれます。
また、アディスアベバのマルカート北東のバス停から高速バスも出ています。
そこから、およそ2日間かけてアクスムまで行きます。
外務省海外安全ホームページでは渡航中止勧告地域です。(2024年6月現在)
現地に行く時は、最新情報を確認してください。
参考URL:エチオピア文明発祥の地!世界遺産アクスムの見どころをご紹介します
アクスムに行って下さい。ወደ አክሱም ሂድ።
アクスムはどこですか?አክሱም የት ነው?
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5. オモ川下流域 የታችኛው የኦሞ ወንዝ
オモ川下流域(オモがわかりゅういき)は、エチオピアにあるユネスコ世界遺産のひとつ。
エチオピア南西部にあたるこの地域からは、数百万年単位に及ぶ多くの種類の化石人骨が出土しており、そのことが登録理由となった。
また、ここからはホモ・ハビリスが使用した約250万年前に遡る最古の打製石器も発見されている。
1930年代にフランスの調査隊が発掘調査を行ったのが、この流域での最初の調査である。
その後、数度にわたって発掘が行われた結果、アウストラロピテクス・エチオピクス、アウストラロピテクス・アファレンシス、アウストラロピテクス・アフリカヌス、アウストラロピテクス・ロブストゥス、アウストラロピテクス・ボイセイ、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、ホモ・サピエンスなど、現生人類に直結するものだけでなく、枝分かれして絶滅したものも含め、様々な時代の様々な化石人骨が多数出土し、古人類学の研究上、極めて重要な一帯となっている。
住所:エチオピア [地図]

Omo River 引用:Wikipedia
登録年: 1980年
登録区分: 文化遺産
行き方:日本からエチオピアまでの直行便はないため、アジアの都市などで乗り継ぎ、エチオピアの首都アディスアベバの空港へ行きます。
オモ川下流域は、アディスアベバから南西におよそ420kmの所にあり、バスでの長距離移動になります。
外務省海外安全ホームページでは十分注意地域です。(2024年6月現在)
現地に行く時は、最新情報を確認してください。
参考URL:現人類に繋がる偉大なる発見の地!エチオピアの世界遺産・オモ川下流域
オモ川下流域に行って下さい。እባኮትን ወደ ኦሞ ወንዝ የታችኛው ጫፍ ይሂዱ።
オモ川下流域はどこですか?የታችኛው የኦሞ ወንዝ ተፋሰስ የት ነው?