2024年6月16日掲載

バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群 引用:Wikipedia

バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群
引用:Wikipedia

1.バハラ城塞  حصن بهارا

バハラ城塞(アラビア語: قلعة بهلاء; Qal’at Bahla’)は、アフダル山の麓に位置する四つの歴史的城塞の一つである。

建造されたのは13世紀から14世紀にかけてのことで、当時のバハラはBanu Nebhanの一族のもとでオアシス都市としての繁栄を享受していた。

バハラの街には、オアシス、市場(スーク、Suq)、ヤシの木立などがあり、都市自体が約 12 km の城壁に囲まれている。

この町は陶磁器でも知られている。

バハラ城塞は、近隣のイズキ(Izki)、ニズワ(Nizwa)、少し北に離れたルスタク(Rustaq)の各城塞とともに、ハワーリジュ派の中心拠点となっていた。

城塞の砂岩の土台からは、日干しレンガの壊れた壁と高さ約50 mの塔が載っている。

隣接する南西方向には、14世紀の彫刻に飾られたミフラーブを持つ金曜礼拝のモスク(the Friday Mosque)が建っている。

この城塞は1987年以前には修復も保存もなされておらず、毎年雨季になると壁が崩落するという、不安定な状態に置かれていた。

1987年にこの城塞はユネスコの世界遺産に登録され、翌年には危機遺産のリストに加えられた。

1990年代には修復作業が始まり、オマーン政府は1993年から1999年の間に6万ポンド以上を費やした。

その間、足場が組まれ観光客には非公開とされた。

その結果、2004年には危機遺産リストから除外された。

住所:21, Bahla, オマーン [地図]


登録年: 1987年
登録区分: 文化遺産
営業時間:08:00~19:00
電話番号:+968 25 419770

行き方:オマーンの首都マスカットのルイ地区から、国営バスが1日2本出ています。

バス停のすぐ前に世界遺産のバハラ城塞があるので、とても便利です。

もしくは、バハラの東のニズワからタクシーに乗る方法もあります。

タクシーは若干高い上に値段交渉が必要ですが、乗り合いタクシーなら比較的安い値段で乗ることができます。

ニズワまでは、やはりルイから1日2本バスが運行しています。

ニズワも大きな砦のある観光都市です。

バハラにはこれといった宿泊施設はないので、ゆっくりするならニズワに宿をとった方が良いでしょう。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年4月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:オマーン最大の要塞!世界遺産バハラ城塞のおすすめスポット

バハラ城塞まで行って下さい。  من فضلك اذهب إلى قلعة بهلا.

バハラ城塞はどこですか?  أين تقع قلعة بهلا؟

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

2.バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群  المواقع الأثرية في بات والكتم والعين

バット、アル=フトゥム、アル=アインの考古遺跡群(バット アル=フトゥム アル=アインのこうこいせきぐん)は、オマーンにあるユネスコの世界遺産登録物件の一つ。

アフダル山に残るバットのネクロポリスと、その2 km 西に位置するアル=フトゥムの塔、バットの南東 22 km に位置するアル=アインのネクロポリスなどが登録されている。

バットの遺跡などが残るマガン(Magan)地方は、紀元前3千年紀には、遠く離れたメソポタミアの地にまで銅を輸出していたとされる。

当時のマガン地方の実態は未解明の部分が多く、1972年に発掘が始まったバットの遺跡の調査は、その解明に寄与するものと期待された。

オマーンはバットの遺跡を「バットのネクロポリス」(the Necropolis of Bat)として世界遺産に推薦したが、1987年の審議ではICOMOSによって延期が勧告された。

ICOMOSは遺跡が持つ重要性を認めつつも、近隣の重要な遺跡群が対象となっていないことなどを延期理由としていた。

ICOMOSは延期勧告の中でアル=アインの遺跡を挙げ、その保存状態の良さを評価していた。

1988年の世界遺産委員会では、バットにアル=アイン、アル=フトゥムの遺跡を加えて再審議が行われた結果、世界遺産登録が決定した。

登録にあたっては、オマーンの類似した遺跡の中で、さらに世界的に見ても同じ時期の墓地遺跡群としては、これらが非常に優れたものである点や、蜂の巣状の墓所などの多彩な墓地形態の遺跡群が、この地方での葬送儀礼の変遷を考える上で重要であることなどが評価された。

住所:3QQ8+8C4 – Al Ain – アラブ首長国連邦 [地図]


登録年: 1988年
登録区分: 文化遺産

行き方:日本からオマーンへの直行便はありませんので、周辺国の主要都市を経由して行くことになります。

最も便利なのは、同じ中東国のアラブ首長国連邦やカタールを経由するルート。

オマーンの玄関口は首都マスカットになります。

尚、ドバイを経由する場合は距離が近いので、ドバイ-マスカット間を陸路(国際バス約5-6時間)にすることもできます。

マスカットから世界遺産「バット、アル-フトゥム、アル-アイン」へは、残念ながら公共交通機関が有りません。

従って、基本はレンタカー。

但しこの世界遺産は場所が分かりにくいので、お金は張りますが、タクシーのチャーターも選択肢。

マスカットからは車で4時間です。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年4月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:オマーンの世界遺産「バット、アル-フトゥム、アル-アインの古代遺跡群」

アル=アインのネクロポリスまで行って下さい。  الذهاب إلى مقبرة العين.

アル=アインのネクロポリスはどこですか?  أين تقع مقبرة العين؟

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

3. 乳香の土地  أرض اللبان

乳香の土地(にゅうこうのとち)は、ユネスコの世界遺産登録物件の一つである。

古来、奢侈品の一つであった乳香の交易で栄えたアラビア半島南部に残る遺跡のうち、オマーンのドファール特別行政区内にあるオアシス都市遺跡、港湾遺跡、交易路跡やニュウコウジュBoswellia sacraの群生地が登録対象となっている。

シスルの緩衝地帯にはヤシも生えている

登録対象となっているのは以下の通りである。

シスルの考古遺跡(Archaeological site of Shisr)

シスルは交易路上に存在していたオアシス都市の遺跡である。紀元前2世紀頃には栄えていた様であるが、西暦3世紀には交易上の要衝ではなくなっていた。要塞の壁の遺構が今も残っている。世界遺産としての面積は 0.36 ha、緩衝地帯は 176.339996 haである。

ホール・ルーリの考古遺跡と自然環境(Archaeological site and natural environment of Khor Rori)

紀元前1世期末にLL’ad Yalutによって建造された港で、当時の乳香の交易に使われていた。当時の要塞跡などが残っている。世界遺産としての面積は 3.128 ha、緩衝地帯は 1018.771301 haである。

アル=バリードの考古遺跡(Archaeological site of al-Balid)

アル=バリードは鉄器時代(紀元前1300年 – 前300年)に遡る港町の遺跡である。歴史的には様々な名前で呼ばれていた。西暦12世紀頃までは栄えていたため、中世のモスクの遺構なども発掘されている。世界遺産としての面積は 50 ha、緩衝地帯は 48.200001 haである。

ワジ・ダウカの乳香公園(Frankencense Park of Wadi Dawkah)

ワジ・ダウカは、ワジの低地帯にニュウコウジュの生い茂る土地で、紀元前3千年紀には始まっていた乳香の交易において、重要な産地となっていた。世界遺産としての面積は 796.400024 ha である。

住所:7J3X+XFM, Governorate, Ubar, オマーン [地図]


登録年: 2000年
登録区分: 文化遺産
営業時間:09:00~16:00、14:00~16:00(金曜日、土曜日)

行き方:フランキンセンスの国土に点在する遺跡群へ行くには、オマーンの首都マスカットから飛行機を利用するか自動車をチャーターして砂漠を横断するかのどちらかになります。

自動車の場合は約9~10時間の長旅になりますので、よく整備された自動車かどうかしっかり確認してからチャーターしてください。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年4月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:かつて栄華を誇った幻の「乳香の土地」!オマーン世界遺産フランキンセンスの国土

ウバール遺跡まで行って下さい。  اذهب إلى أطلال أوبار.

ウバール遺跡はどこですか?  أين تقع آثار أوبار؟

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

4. アフラージュ-オマーンの灌漑システム  افراج – نظام الري في عمان

ファラジ(アラビア語: فلج‎、falaj)は、オマーン・アラブ首長国連邦周辺にある地下水路を利用する灌漑システムである。

複数形はアフラージ(アラビア語: أفلاج‎、aflaj)。

オマーン国内には生活用水やナツメヤシのプランテーションなどの農業用水の供給のために3000以上のファラジが存在し、そのうち5つはユネスコの世界遺産に登録されている。

また、アラブ首長国連邦でもファラジやその遺跡はアル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒーリー、ビダー・ビント・サウドとオアシス群)の一部として、世界遺産リストに登録されている。

アラブ首長国連邦のアフラジおよび関連する口承・知識・技術は2020年に無形文化遺産に登録された

ファラジは何を水源とし、どのような供給路で水を運ぶのかによって3つに分類される。

  • Ghaili(الأفلاج الغيلية
    • ワジを水源とするもので、ファラジの約半分(48%)がこれである。
  • Aini(الأفلاج العينية
    • 山中の涌き水を水源とする。ファラジの28%が該当。
  • Daoudi(الأفلاج الداوودية
    • 地下水を水源とする。ファラジの24%が該当。

ユネスコの世界遺産委員会は、オマーン国内に数あるファラジの中でも最大級のファラジ・アル=マルキ、最古級とされるファラジ・ダリスなど、特筆すべき5つのファラジの水源、水路、周辺施設を世界遺産として登録した。

ファラジの分類では4つがDaoudi、1つがAiniである。

  • Daoudi
    • ファラジ・アル・カトメーン(فلج الخطمين、Falaj Al Khatmeen)0.72312km2
    • ファラジ・アル=マルキ(فلج الملكي、Falaj Al-Malki)1.57273km2
    • ファラジ・ダリス(فلج دارس、Falaj Daris)1.7155km2
    • ファラジ・アル=ムヤッサール(فلج الميسر、Falaj Al-Muyassar)1.1337km2
  • Aini
    • ファラジ・アル=ジェーラ(فلج الجيلة、Falaj Al-Jeela)0.014km2

住所:Nizwa, オマーン [地図]


登録年: 2006年
登録区分: 文化遺産
電話番号:+968 25 410500
ウェブサイト

行き方:日本からオマーンへは、アジアや中東の国を経由し、首都のマスカット国際空港まで行きます。

アフラジは、5箇所あるので、それぞれ車で1~2時間ほどで行けますが、バスやタクシーなどが少ないため、予め手配しておくことをおすすめします。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年4月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:高度技術を利用した歴史ある世界遺産!オマーンの灌漑システム・アフラジ

ファラジ・ダリスまで行って下さい。  من فضلك اذهب إلى فرج دارس.

ファラジ・ダリスはどこですか?  أين فرج دليس؟

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

5. カルハットの都市遺跡  أطلال مدينة كارهات

カルハットの都市遺跡(カルハットのとしいせき)は、アラビア半島の東岸沿いに位置する11-15世紀に栄えた商業港の遺跡からなるオマーンの世界遺産である。

オマーンの首都マスカットの南東に位置するカルハットの都市遺跡は、内壁と外壁に囲まれており、その更に外側にはネクロポリスが広がっている。

都市は11世紀から15世紀の間アラビア半島東岸で著名な港湾のひとつであり、アラブ種のウマ、ナツメヤシ、香料、香辛料、真珠などの重要な輸出港としてホルムズ王国によって統治されていたが、16世紀にポルトガルの攻撃により放棄された

都市遺跡はアラビア半島東岸と東アジア、インド、中国および東南アジアを結ぶ交易網を物語る考古学的物証と位置づけられている

明確な建造物としては、ビビ・マリヤム廟のみが残っている。

住所:M9WH+26X, 17, Qalhat, オマーン [地図]


登録年: 2018年
登録区分: 文化遺産
営業時間:臨時休業

行き方:マスカットからカルハットの都市遺跡までバス、タクシーまたは自動車で行くには3の方法があります。

外務省海外安全ホームページでは危険情報はありません。(2024年4月現在)

現地に行く時は、最新情報を確認してください。

参考URL:マスカットからカルハットの都市遺跡へ

カルハットの都市遺跡まで行って下さい。  الذهاب إلى آثار مدينة قارهات.

カルハットの都市遺跡はどこですか?  أين توجد آثار مدينة قارهات؟

出典元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』